新年一般参賀の行き方と備忘録レポ

まさか平成になってから2番目の参賀者人数(約96700人)になるとはいざ知らず、新年一般参賀(2017年)に行ってまいりました。

一般参賀に行くのは今回が初めてだったので、来年以降に再び行く際に困らないように、しっかりと備忘録レポを残したいと思います。

一般参賀とは

宮内庁のHPによると、昭和23年の1月1日から開始されたそうです。同HPによると当時は記帳台での記帳のみで現在のようなお出ましはなかったようです。(現在の様なお出ましは昭和26年から)

毎年1月2日,皇居において,天皇皇后両陛下が国民から祝賀をお受けになる行事です。

と、宮内庁HPに記載があるように、「我々国民が両陛下に対して新年のお祝いを伝え、それに対して天皇陛下からお言葉を頂く」という意味合いで捉えれば良いかなと思います。

一般参賀の行き方

行く前に気を付けておきたい服装と手荷物

  • テレビでよく見る国旗の手旗は入り口でボランティアの方が配ってます
    • 自分で準備する必要は無い
    • 大きな旗は後ろの参賀者や報道カメラの視界をふさぐことになるので持ち込みNG
    • 入口で配布されていた旗は出口で回収も実施されています
  •  歩きやすい靴で参加しましょう
    • 最低でも30分程度は歩くor並ぶという時間が発生します
    • 皇居内は砂利道なのでハイヒールはお勧めしません(ヒールが削れるし)
  • 寒さ対策を忘れずに
    • 1月の屋外で待機することを念頭に整えましょう
    • 2017年の様に暖かい年は重ね着で調整できるとよいでしょう
  • なるべく手荷物は減らしましょう
    • 飲み物もチェックされるくらいなら持って行かない方がいいんじゃないかな
    • 大きな荷物は預けることになるので持ち込まないほうがスムーズです

最初に目指すのは「皇居正門(二重橋)」

入口はこの皇居正門(二重橋)しかありません。

東京駅方面からだと若干距離があるので、東京メトロ桜田門駅から桜田門を通って向かうのが比較的スムーズかなと思います。

ちなみにボランティアの方が手旗の国旗を配ってくれているので、手ぶらで行ってもテレビでよく見るあの光景に参加することができます。

スムーズにセキュリティチェックをするためには

すごく画期的だなー!と思ったんですが、セキュリティチェックは「車椅子・ベビーカーを使用する人」「手荷物が無い人」「手荷物がある人」で分けられていました。

私は「手荷物がある人」に並んだのですが、手ぶらで行くと最初のカバンの中身チェックの無い列に並べるみたいですね。これ、文化財保護施設とかでセキュリティチェック導入してる場所はみんなやってくれればいいのに。

空港並みのチェックを行うので、服装のところと重複しますが、

  • 飲み物は持って行かない
  • 大きい荷物は持って行かない
  • ポケットの中身は出せるようにしておく

上記をお勧めいたします。

入門~お出ましまでの待機

セキュリティチェック後から長和殿までたどり着く時間

2017年の私は11:20に桜田門側のセキュリティチェックを通過後、11:55頃に両陛下がお出ましになる長和殿にたどり着きました。道幅があるので思ったより順調に列が進んでいきます。

▼並んでる列

1回あたりのお出ましの時間

陛下がお話になるのは1回のお出ましにつき約5分くらいの様です。お出ましとお出ましの間は外からは伺うことはできません。

2017年の詩乃さんの参賀状況

詩乃さんは今回3回目のお出ましの時間(11:50)を狙っていきましたが……

▼み、見えない……。

 

ぎりぎり、お言葉は聞けたけどまったく見えない……というか手旗といい、歓声といい、どことなくライブ会場みたいな空気感が……wたぶん人間盛り上がる対象が違うだけで、盛り上がり方自体は似てるんだろうなーと感じました。

ここまで来ておいてこのまま帰るのもちょっとなぁ……と、待機を決意。

これは後から気付きましたが3回目(11:50~)と4回目(13:30~)の間が1.5時間と一番待ち時間が長いので、待機するならあまりお勧めしません。他の回は50分間隔しかあいてないので、午前中の1回目か2回目の時間に皇居内に入るのを目標としつつ、前列を取るなら1回やり過ごして次の回の前列を狙う……という動きをした方が得策かなーと思います。

私は1.5時間耐えました……。ディズニーと同程度の待ち時間を、ディズニーよりもうんと年齢層の高い人々と待機します。(2~3人具合が悪くなった方を見かけました、無理はしちゃだめ)

また、長和殿は横にめちゃめちゃ長いのですが、お出ましがあるのは真ん中のちょっと張り出たベランダ部分のみです。端っこで待ってても見えない!ってことは十分にありそうな予感。

▼1.5時間粘った結果がコチラ

 

お帰りの際の注意事項

出口は全部で3つ

出口は「坂下門」「桔梗門」「乾門」の3ヶ所があります。東京駅に一番近い坂下門周辺は混雑度も高いので注意が必要です。

▼ゆるやかな下り坂なので走ると危険

 

お土産コーナーは午後は売り切れ寸前

坂道を下りきると大きな手荷物の引き渡し場所の横にお土産売り場が出現します。が、午後には売り切れも出始めていました。お土産もほしいならなおさら午前中に行くのが望ましいです。

▼お菓子が特に人気

 

ただ2017年は、東京駅の地下街にも期間限定店で出店していたのでコチラで買うのもいいかなーと思います。(皇居外苑(プレシャススイーツ))

 

好奇心の赴くままに行ってみましたが、新年早々穏やかなライブに参加したような一体感があって面白かったです。いい年になりそう。

というわけで、本日はこれにて、ドロン。

生き急いでいるのは、たぶん本当に好きな事をやっていないから。

文月詩乃(@traveling_shino)です。

前回の記事をUPしてから、早くも3ヶ月が経ちました。

「だって仕事が忙しかったんだもん」なんて自分に言い聞かせながら、だましだましこの3ヶ月を過ごしてきたように思います。

むしろ「忙しさ」を理由に、やりたいと思っていた「文章を書く」ということから逃げていたようにも思います。

好きな事をやっているはずなのに苦しい

比較的「好きなこと」が明確だった私は、何が好きで何がやりたいのかを明言し、実行しながら生きてきました。

でも、この一年でたくさんの「好きな事をして生きている」人たちに会うたびに「私のやっている好きな事とは何かが違う」と感じていました。

好きなことをして生きている人は、みんな人生楽しそうです。まぶしいくらい。それと比べて私は、好きな事をやっているはずなのに、どこか生き急いでるようで苦しさが付きまとっています。

どうして私は生き急いでるんだろう、なんて、ふと立ち止まって、自分の好きな事・やりたい事・やりたいけどやってない事を並べてみると、3つかの共通点が見えてきました。

①好きな事をやっているフリをしていた

自分がやりたい!って思ったことに嘘はないんです。

嘘はないんですけど、「好きな事かつやりたい事」の範囲が「それを実行したことによって周囲の人間が喜ぶ」範囲に限定されていたのです。

せっかく声をかけてもらったし、参加しようかな。

こういう企画したら、みんな喜んでくれるかな。

等々。こんな発想自体は決して悪くないと思うんですが、私の場合この考え方に極度に依存していた気がします。このブログが良い例で、人に役立つ情報を書いた方がみんな喜ぶ→迷走→なんとなく書けなくなるという無限ループにはまっていました。

まず、自分が自分のために楽しまないといけないんですけどね。ついつい、人が楽しむ→だから自分も楽しいという発想でいっぱいになってしまいます。誰かの人生の中で「自由人」をひたすら演じていたのでしょう。

②会ったこともない人に、どう思われるか気にしていた

私は旅行が好きで、文学とか文化が好きで、中でも神社仏閣や神話が大好きです。

でも、いざ神話とかの話をしようと思うと心のどこかでブレーキを踏み込む音が聞こえてきます。耳を澄ますと聞こえてきます。

本当は文学とか小説家気取ってんじゃないの?かっこつけてんの?なんて思われたらどうしよう。

神話とか神社好きとかライトウィングな人なの?とか思われたらどうしよう。(昔そういう人に勘違いされたので)絡まれたらどうしよう。

頭では「まだそんなこと言われてないじゃん」「言われるとも限らないじゃん」「言われても無視すればいいじゃん」って思ってますが、心がついてこない。

そう思いながら書いた自分の文章は、常に会ったことも無い誰かの顔色を伺っていて、なんだかぼやけて見えました。

③できないのが怖かった

結局、私も「やればできる」という幻想につかり続けていたかったと、やっと自覚が芽生えました。というより、1年かかって現実を直視できるようになりました。

Jさんのブログを読むたびに「うんうん、そうだよね」とか共感していたくせに、自分自身は見て見ぬふりをするとはなんと愚かな…。

結局できない=周囲の人の期待を裏切ることになったらどうしよう。という思考が脊髄反射レベルで刷り込まれているので、「対してPV数もないブログのくせに何言ってやがる」と自分自身で気付く余裕が無いのです。ああ恥ずかしい。

「他人が」ではなく「自分が」好きな事をする

結局、①誰かの人生の中の「自由人」という役を演じていた私は、②誰かの顔色を伺いながら、③自分自身を裏切らない範囲での「好きな事」しか実行していなかったのです。

好きな事・やりたい事をやっているはずなのに、いつも生き急いでる・やり切った気がしない・どことなく燃え尽き症候群、という感覚にさいなまれるのは、制限付きの「好きな事」から選択し続けていたからだと気付きました。

おお、なんと受け身な「好きな事」なのでしょう…!ダサすぎる…!

とは言っても、「はい!自分の好きな事をやりましょう!」なんてなかなか切替づらいものがあるので

まずは、私が好きな事ってなんだろう、やりたい事ってなんだろう、と一つずつ見つけて磨いていきたいと思います。

それでは、これにてドロン。

 

Doing deadな理由は自分主体ではなく世間を中心に生きているから

よく、「変わってるね」「変人だね」と言われる詩乃です。

自慢になりませんが、中学時代からすでに「変人」という定評があり、今の会社に入社するための面談では「これ聞いたら失礼かもしれないけど、変人って言われない?」と人事担当者に言われました。(その会社に迷わず入社しました)

さてさて、先日Twitterでこんなやりとりをば。

▲モヤモヤ感が一瞬でスタイリッシュに。しごたのマジック。

詩乃さんはおそらくその辺の人よりは、自分自身の欲望「やりたい!」という気持ちに素直に行動しています。そんな詩乃さんでも「やりたいことをやってるはずなのにすっきりしない」ってことがあります。

その辺の話を、詩乃さんが「変人」と呼ばれてる話に絡めて考察してみました。(どう変人なのかは今回は触れませんが)

なぜDoing deadが発生するのか

やりたいことをやっているはずなのに、なぜすっきりしないのか。そもそもそれって「私が」やりたいことだったのでしょうか。

▼そこら辺の苦悩がにじみ出てるツイート

 

Doing deadは「他人のやりたい!」と「自分のやりたい!」がごちゃごちゃになってるとき

 

Doing dead状態の時、詩乃さんは無意識に「自分は○○がやりたい!」と思うことよりも、「世間一般では○○がやりたいと思うはずだ!(だからやるべきだ!)」を優先して行動してしまっているのです。ああ、なんということでしょう。

世間一般の「やるべきだ!」を追いかけている時、知らず知らずのうちに行動に「正解」を求めるようになります。だって「世間一般の人がやりたい!と思う内容」だと信じて安心したいんだから。

そんな選択ばかりしてるとどことなく発言が他人事みたいになって、自分は結局何がやりたかったんだっけ?って考えることを忘れちゃうんだよね。怖い怖い。

でも探してる「正解」は見つかりません。そもそも正解がわかる選択肢なんて学校の試験問題くらいじゃないのかと。見つかる当てもない答えを探し求めて詩乃さんのMPは消耗されていきます。

MP消耗してまでどうして「私」よりも「世間一般の中の私」を優先するのか

MPを消耗しながら「やりたい!」と錯覚していることを実行しているのは、「世間一般」や「普通」の人たちの仲間入りをしたいからです。「変人」扱いされがちな詩乃さんにとってこのことは死活問題で、「普通」になってる間は拒絶されることもなく生きていけると思っているのです。

「変人」っていいこと?

今となっては詩乃さんは変人と呼ばれることを良しととらえてますが、そもそも「変人」とか「変わってる人」ってどういう人なんでしょうか。

ここではわかりやすく「世間一般の人とは違う言動や考え方をしてる人」ってことにして話を進めます。

みんなと違う「特別感」への憧れ

詩乃さんの周囲で肯定的に、もしくは嫉妬を交えて「変人」を捉えてくる人は、特別な自分という存在に憧れている方が多いです。油断すればすぐに大多数の「みんな」とか「普通」に飲み込まれてしまうような、そんな人が多いです。

「みんなとは違うんだ」という諦めの理由としての「変人」

かつて詩乃さんは人間関係の構築に失敗して2回ほど空気になりました。

自分の存在が空気になったとき、詩乃さんは最初「どうして空気にされたのか」という理由が全く分かりませんでした。だからと言って誰かが村八分になっている理由を教えてくれるわけでもありません。なんせ空気なので。

その時の詩乃さんは仮説を立てて心の防衛戦争を始めます。「おそらく私の考え方や行動に変なところがあったのだ。みんなと違うから空気になったのだ」と。「変人」と言われる肩書は村八分にされても仕方ない理由にはちょうど良かったのです。だってみんなと違うから仕方ないって。

今となっては「空気になったから変人として振舞ったのか」「変人だったから空気になったのか」はわかりませんが。

良い事だと思っては無いが、変人でいたい。

詩乃さんは自分が世間一般でいう「普通」から、どの程度離れた座標にいるか知りません。でも空気にはなりたくないので、MPを消耗してでも「普通」の中に紛れ込みにいくのです。空気じゃなくて、詩乃さんはここにいると気付いてほしかったのです。

でもぶっちゃけ、MPなんて使用限度がありますし。いつまでも猫かぶって生活できないよね、と。

世間様に迷惑かけてないなら、好きなように生きたいじゃん。それが人と比べて少々変わってるかどうかの話しなだけで。

「個性の尊重」という違和感

詩乃さんが小学生の頃、「人それぞれの個性を尊重しましょう」というふうに先生からよく教えられました。けど実際には本当に個性的な人ってだいたいクラスで空気になってるか浮いてるかいじめられてるかのどれかだと思う。

そこが小学生の時からずっと不思議で、何故先生たちは「個性を尊重」しろというのに、尊重された人たちは孤独なんだろうと考えてました。自分も空気だったしね!

その時に学校で見た「個性の尊重」は無難な定型的選択肢A・B・Cの中から選ぶ程度の多様性にしか見えなかったんですよねぇ。誰もトリッキーなαを選ばないしそもそもその選択肢を思いつかない。だから「個性的」って主張するほどに「没個性」にしか見えなくなった。

本当の「個性的」とか「変人」って、自分の考えを尊重してるんじゃないの?

詩乃さんは小学生の時に大変素直に育ったので、先生が言ったとおりに「自分の考え」とか「やりたい事」(=個性)を尊重して行動してたらいつの間にか変人に仕上がっていました。小学生の頃の詩乃さんよ、グッジョブだ!

確かにこれ以上空気になりたく無いので、無意識に「世間一般が思うやりたいこと」に足並みをそろえようとしてますが、そればかりに時間を費やすほど暇じゃない。やりたいことは死ぬほどあるんだ。

よく、「詩乃さんはやりたいことを次々と実行してていいね!」って言われますが、多少変人と思われてもやりたいことを貫くことは生まれてこの方鍛えてるので自信があります。それだけいろいろ犠牲にしてきたかもしれませんが悔いが無いほど楽しい人生だったと振り返れるでしょう。

それに「やりたい!」って自己発信してたら、空気になってても気付いてくれる仲間が見つかるしね。変人は一人とは限らないし、今の世の中身近にいなくても仲間が見つかる可能性は格段に上がってるはず。

と、まあつまり

  • 今やってることは「私」が選んだことか、「世間一般の中の私」が選んだことか見極めよう
  • たまには「世間一般の中の私」の声よりも「私」の声に忠実になろう

ってことが言いたかったです。

ということで、今日はこれにて、ドロン。

 

私が「価値観の合う人と付き合いたい」とこだわる理由を1つお話ししよう。

先日Twitterでこんなことをつぶやいてから、各地で恋愛談義を醸し出している文月詩乃(@traveling_shino)です。

この恋愛談義で盛り上がっている最中、@Takuya.Bさんがブログに恋愛観をまとめてくださってます。ん?価値観重視なら反対意見でも述べるのかって?

言うわけないじゃないですかw

価値観が合う人なんて本当になかなかいないんですよwむしろこの記事激しく同意した内容しかないので、本当にみんなに読んでほしい。

大事なことなので再度リンクを張っておきますね→コチラ

では何故「価値観の合う人と付き合いたい」というのか

価値観が合う人なんてなかなかいないとわかっています。

お互いを理解しあって、尊重していけるのなら価値観がずれてても一緒に生きていけると知っています。(そもそもこれって人としてできないとヤバいですよね)

それでも尚、文月詩乃は「価値観」を交際条件として宣言するのかをまとめます。

文月詩乃は自信が無かった

今よりももっと自分に自信のない時期は、「自分なんて誰にも存在を認知されていないのではないか」なんて考えていました。承認欲求の塊でした。

そんな時は「自分を好きになってもらえること自体が奇跡」だと信じていました。だって詩乃さんのことを見てくれる人なんてほとんどいないと思っていたから。

でも、結局彼らは詩乃さん自身を見ているわけではないことに気付きます。

文月詩乃という人間の印象分析

詩乃さんのよくある恋愛失敗パターンの傾向は「相手が詩乃さんに対して持っているイメージと実際の詩乃さんが異なる」という点に偏ります。

そんなときの詩乃さんの印象(A面)ってだいたいこんなパターンです。

  • 第一印象
    • 大和撫子系文学女子()
    • おとなしい、控えめ、こまやか
    • 三歩後ろをついてくるタイプ
  • 第二印象
    • 突撃体長・宴会部長
    • 一緒にいて元気になる(励ましてもらえる)、笑顔が多い
    • 背中を押して応援してくれる

実際にそういう行動をとっているし、自律するための行動規範として心がけています。なので、そういう印象を持って頂けるのは大変ありがたいです。

でも、これらの印象って私の対外的な印象であって、家にいるときの印象じゃないんですよね。オフモードの詩乃さん(B面)ってこんな感じ↓

  • 多人数や仲良くなる過程が苦手なコミュ障
  • 豆腐メンタル、うたれ弱い、優柔不断
  • ネガティブですぐに悪い方向に考えていらない心配事を抱え込む
  • 自己主張が強く、頑固
  • がさつで部屋の掃除とか苦手

別にわざと悪く言ってるわけじゃないですよ!恥ずかしながら事実ですよ!

想定外の相手の一面を見るということ

先のA面のみのイメージで突っ走ってしまった彼からすると、B面の詩乃さんは想定外です。ここでギャップ萌えでもしてくれるなら話は別ですが。

経験上、大抵の人は私も含めて「相手に対して最初に持ったイメージを覆すのは難しい」のです。A面の大和撫子(※宴会部長でも可)を詩乃さんと認識してしまった彼らは、もう詩乃さんのことを大和撫子にしか見られないのです。

でもこの考え方は大変危険で、自分のイメージに合わない相手の一面を拒絶する可能性を秘めています。もれなく「こんなの俺の知っている○○じゃない」的な駄々をこねられます。

そこに自分の理想像を重ねられた暁には終わりが見えますね。理想像を相手に仮託して、目の前の相手の本質を見ようとしない人間の多いこと多いこと。舞い上がっちゃっててそれどころじゃない気持ちもわかりますが。

「好きになってくれるだけでもありがたい」と思っていたかつての詩乃さんは、相手の理想像に応えなければともがいてました。でもそれって、安心できる家の中でも対外的にふるまい続けなければいけないって意味と同意義なんですよね。いつ休めるんだよ!と爆発した結果別れ話を切り出すという展開が多かったです。

内面というものは多面的に構成されている、という事実の認識の有無

先ほどのような別れ話って、「人間って1面ではなく多面的に構成されているよね」ってことをみんながわかってくれれば減るはずなんですよね。

みんな「私という人間は、○○というイメージの中だけで生きなければいけない」って思いこんでいる気がします。そしてそれを相手にも求めています。人間というのは複雑なので、いろんな自分がいていいのです。

結論:「価値観云々」=「ちゃんと内面見てから出直せよ」の意

結局のところ、詩乃さんが相手に対して求めているのは「価値観の合致」ではなく、「ちゃんと内面見て判断してから出直せよ」って話なんですよね。

わかりやすく相手をけん制するために「価値観」という単語を使っているだけです。文月詩乃という人間のパターンが何種類あるか理解した上で、尊重してくれるなら一緒にいることができるでしょうと(上から目線)。

大事なことなので2度書きますが、価値観の合う人と付き合いたい理由はコチラです。

  • 人間は1面的ではなく多面的なので、第一印象だけで突っ走ると後悔する結果になる
  • 故に、ちゃんと内面見てから出直せよ

これができて、初めてその先のステップに進めるのです。みんな本当はスタートラインにすら立っていない。

余談 価値観の合う人と一緒にいる事

詩乃さんはかつて、価値観がぴったり合う!って思った人が2人いました。その人たちといる間は毎日が楽しくて仕方がなかったです。

価値観が合うってどういうことよ?って聞かれたときは「会話してる時の返事で判断つくよ」と返します。相槌や返答に「そうそう」「わかるー!」「先に言わないでよ」「(発言したらタイミングと内容が)かぶったw」等々があるときです。こういう時の会話って自己承認が得られたようで落ち着くし楽しいのです。

残念ながら外部要因で別れたり一緒にいれなかったりしましたが、どちらも一人の人として今でも尊敬しています。それに、そんなふうに通じる人って遠くにいたって味方でいてくれるものです。

だから詩乃さんは、そういう意味でも「価値観の合う人」を探し続けるのをやめる気はさらさらございません。20数年で2人見つけてるんだから、きっとほかにもいると信じてます。

だめなら独身貴族でいましょうか。

それでは、これにて、ドロン。

私は「冒険」のために旅行するのではない、世界中を「散歩」してみたいのだ。

ブログタイトルにするくらい、詩乃さんは旅行が好きです。しかし内容によります。

自己紹介の代わりまではいきませんが、普段こんなこと考えて旅行してますなんて話をちょこっと。

旅行中じゃない時の自分ってどんな自分?

つまりいつもの自分です。会社に行ったり、学校に行ったり、家事したり、日常生活を行っている自分。

はい、この記事を読んだあなた!今、「毎日同じこと繰り返してて飽きてます」なんて思っていませんか?私の周りにはそんな人がたくさんいますよ!

「平凡な毎日」から冒険の世界へ

そんな私の友人たちは、「旅行に行こう!」というと「冒険」を想定します。単調かつ平凡な「毎日」かから抜け出して、一時のアドベンチャーの主役となり、仲間と一緒に世界を駆け抜けるのです。

冒険型の旅行ってどんな旅行?

ざっくりいうとこんな感じですね。

  • 1日の予定がおおよそ決まっている
    • 複数のダンジョンをクリアするために、1ヶ所あたりに滞在する時間は短めです。
  • みんなで○○する、が主軸
    • 同じクリアの感動を共有しなければ、一緒に冒険する意味がありません。
    • アウトドア系ならBBQとか、水鉄砲とか。室内で遊べる運動や飲み会が含まれてることも。
  • 冒険の舞台は遊びの舞台
    • 自然豊かな環境でも都会的な場所でも、少々にぎやかにはしゃげることが大事なポイントです。

あー楽しかった、また明日から仕事だよ。会社行きたくないなぁ。なんて名残惜しみながら冒険は幕を閉じていきます。

 

さて、ここからが本題です。

詩乃さんはこの「冒険型の旅行」のテンションについていくのが難しくなってきました。待って、ディスってない!冒険型もたまには行きたくなるの!たまにはね!

旅行中じゃないときの詩乃さん

似たような毎日がちゃんと毎朝来てくれるわけですが、「同じ毎日」が来るとは露ほども思っていません。幸運なことに単調な仕事はなく(マルチタスクで)飽きませんし、プライベートに飛び込んでくるたくさんの情報は興味深いものがたくさんあります。

また、自身の強みによって苦しむときがあります。最上志向のおかげで、「もっとよくできたのではないか」みたいな思考の無限ループが始まります。慎重さが常に発揮されており、詩乃さんの人生は地雷原を渡り歩くように困難がちりばめられていると常に感じています。こんな性格なので「一人になってリラックスしたい」と思うことがしばしば。

そう、詩乃さんにとっては日常生活の方が「冒険」に感じられてしまうのです。

冒険に疲れた勇者は癒しを求める

常日頃が「冒険」である詩乃さんは、旅行という非日常空間にまで「冒険」を持ち込みたくありません。RPGの勇者だって休息しなければ敵に倒されてしまうでしょう。

なので詩乃さんは冒険の途中にふらりと立ち寄った宿の周りを散歩しながら、つかの間の休息をとりたいのです。

「散歩型の旅行」ってどんな旅行?

こちらも思うところをざっくりと説明。

  • ノープランもしくはポイントを絞った旅程
    • プランに余裕を持たせます。
      • こうすることで旅先での急な予定変更に対応できたり
      • そもそも時間に追い立てられることが少なくなる
    • 以前、みやさんがライフエンジンに寄稿してたこんな感じです。
    • ぞのさんも書いてましたね(コチラ
  • 主軸は自分に向き合う方向を見ている
    • 人によって結構違う印象
    • 例えば芸術を見るのはその作品や自分の感性と向き合うことではと思いますし
    • いつもと違う環境で自分のあり方を見つめなおすのも良いかと
      • 詩乃さんはこれが多いかも。休憩しながら自分のリズムを取り戻すイメージ。
  • 舞台は静かな環境
    • 自分と向き合うのにノイズは不要です
    • 心やすらかになれる環境、そっとしておいてくれる環境

好奇心の赴くまま、気の合う人と(もしくは一人で)楽な時間を過ごすなんて、これ以上の贅沢があるでしょうか。

冒険型と散歩型の共通点

この二つの旅行には共通点があります。それは「普段の自分と切り替える」という事です。日々の生活をどんな気持ちで過ごしているかで、やりたい旅の傾向は変わるかもしれませんが、リセットしよう!という目的は同じなのかもしれません。

ちなみに詩乃さんが今までで一番失敗した相違点は、温泉に行って湯治したい(←詩乃・散歩型)と友人に提案したところ、複数のアクティビティと温泉卓球と宴会(←友人・冒険型)で予定が埋まり、温泉に1回しか入れなかったことです。

いや、楽しかったんですよ、もちろん。でも私は温泉に入ってのんびりしたかった。3回は入りたかった。

そんなボヤキを流しつつ。

これにて、ドロン。

「元気が出る本」ってどんな本?

先日、とあるご縁で社会人サークルに参加してきました。(主催団体はコチラ→AfterGrow

詩乃さんが参加してきたのは「読書部」です。活動内容をざっくりいうと

  • 毎回テーマに沿った本をみんなで持ち寄って
  • 熱く紹介し
  • 紹介してもらったらその本の感想を共有する
  • 最も読みたい!って思った1冊を投票する

こんな感じです。カフェでコーヒー飲みながら本好きな方々と本の話を熱く語り合うなんて、なかなか楽しいと思いませんか?私だけ?w

「元気が出る本」ってどんな本?

今回のテーマは「元気が出る本」でした。

「元気が出る本」を読みたくなるときってどんな時?

それってちょっと落ち込んでいたり、解決策が見つからなくてもやもやしていたり、鬱屈とした気分の時に読みたくなる本なんじゃないかな?と詩乃さんは思います。

そんな時に読みたくなる本ってやっぱり傾向が似ているみたいですね。ちょっと発見がありました。

元気が出る本① 自分の視点を変える本

参加者5人中4人がこの系統の本を紹介していたと感じております。

哲学者の言葉をパッと見て心に落ちるように絵と文で構成していたり、短文のアンソロジーであったり、はたまた破天荒な主人公の言動に感銘を受けたり。

普段の自分の思考からちょっとずれることができる本、こんな生き方や考え方もあるのかと視点を広げられる本に、元気になるヒントが隠されているようです。(ちなみに紹介された本の中で詩乃さんが一番気になった本はコチラ)

元気が出る本② 読んで背筋がシャキッとする本

コチラの本を紹介した方は1人だけでしたが「なるほど!」と思いました。特に「1日1日を大切に生きるようって思える本も、読んでいて元気になれる本」っていう紹介が刺さりました。(ちなみに紹介されていた本はコチラ

おまけ 詩乃さんの「元気が出る本」

ちなみに詩乃さんがこの日持って行った『書き出し小説』が、この日最も読みたい本に選ばれたのでちょっとご紹介しますw

そもそも小説の書き出しとは、その物語にどれだけ読者を引き込めるかがかかっている非常に重要な部分です。有名どころでいうと川端康成の『雪国』の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」など。

この『書き出し小説』はその書き出しのみを一般公募で募り一冊の本にしたものです。募集したのは書き出し部分のみなので、その後の物語は一切ありませんw逆に言えば書き出しのみなので、その後の話の方向はすべて読者にゆだねられています。書き出しを呼び水に普段と違う想像(妄想?)が膨らむこと間違いなしです。

いくつかそんな素晴らしい書き出しを紹介するので気になる方は読んでみてください。

  • メールではじまった恋は最高裁で幕をとじた。(27頁)
  • まだ謎は解けていなかったが、酔った勢いでリビングに全員を集めた。(69頁)

あとこの本、普段から本を読む人じゃないと面白さが伝わりにくいんだよなぁ…本当に面白いんだけどなぁ…。

 

そんなわけで、自分の中の「元気が出る本」リストとか作ってみるのも面白いかなぁと思いました。

これにて、ドロン。

【ストレングスファインダー】34個並べてやっと気付いた「私」の勘違いと自覚

4月にストレングスファインダー受けてから、「あ、これってそういう強みか」なんて気付くことがありました。(結果はコチラ)

友人が「34個全部見るか迷う」って言っていたので、私の場合何に気付いたのか(だからお勧めだよ!)ってことを備忘録的にまとめてます。あまり新鮮味のある内容ではないですよw

気付き①自分の想定する「強み」とかなり違う

就活時代の詩乃さんは自己PRの時にこう言ってました。

「私には責任感があります。」

このリンクを参照していただければ察していただけると思いますが、あれだけ「強み」と自己アピールしていた「責任感」は14番目に出現します。なんということでしょうw

ただ言われてみると納得で、私の場合「責任感」はより上位の強みである「指令性」を実行するために後発的に身に着けた強みだと思うのです。

より良い方向(最上志向)をはっきり示して絶えず前進し続ける「指令性」は、良くも悪くも周囲の人間に影響を与えます。周囲の人を巻き込む分だけ背負うものも増えていきます。だから生まれ持っての強みではありませんが、最も得意なことを補強するために進化してきた感覚なのでしょう。

そのほかにも「目標志向(16)」「分析志向(18)」などが意外でした。気付けばより良い方向を目指すのは好きですがそれって「最上志向」だし、分析志向なんて大学の授業や仕事で必要に駆られて特化していったことでした。

気付き②苦手なことに諦めがついた

苦手なことを克服しようと取り組んだことがあまりない人生でした。(不得意なことはやりたくない、というところがまた「最上志向」っぽい)

なんで「人とのコミュニケーション苦手だな」「前向きに考えるのは苦手だな」とか常に思ってますし、開き直っています。

そんな私の強みの30番代は「社交性(30)」「コミュニケーション(31)」「ポジティブ(32)」がものの見事にそろっていますwそりゃ苦手なわけだ。

すでに開き直っていたのもあり、やっぱり苦手だ→もうだめだ…ではなく、強みを伸ばしてリカバリする方向にシフトしました(たぶん診断する前から)。

幸いなことに「親密性」のおかげで少人数の人と少しずつ関係性を深めるのは得意なので、そこを足掛かりに交友を広げるのは得意です。また、「もうだめだ」に対して別のジャンルから関連性を見出すのが得意(着想)のため、ネガティブをポジティブに変換することができます。

気付き③人に頼りやすくなる

自分の得手不得手が見えてくると、周囲の人の得手不得手もまた見えてくるものです。

自分の強みを活かせる場所を選びながら生きてきた(最上志向)の私の周りには、考え方は似てるけど得意なことは全然違うっていう友達が多いです。

これって自然とお互いの得意分野を活かしてきたのかも…と。例えば社交性の高い友人と飲みに行くと、知り合いを紹介してもらって交友関係に幅ができたり。アイデアを思いつく(着想)のは得意だけど飽きやすい性格を、後ろからマネジメントして支えてくれたり。

苦手だなって思っていた部分を得意な誰かにお願いして、代わりに自分の得意分野でお礼をするって関係性が構築できていたのに気づきました。というか私の友人たち優しすぎる…これからも全力で頼りますw

このスタンスだと「弱みを克服して周りに迷惑かけないようにしなきゃ」ではなく、「強みを伸ばしてお互いに補完しあえば楽しいよね」って考えになるので、本当に楽な人間関係を築くことができますね。

 

なんとなく自分の内面が透けて見えるようで恥ずかしい部分もありますが、私は34個見た方が面白かったのでお勧めしたいなぁ。

ということで、これにて、ドロン。